腹直筋皮弁の血管解剖と歯科口腔外科再建への応用

腹直筋皮弁に使われる血管の種類や走行、歯科口腔外科における口腔がん切除後の再建への応用方法を解説します。術式選択に迷う歯科医従事者が知っておくべき血管解剖の基礎とは?

腹直筋皮弁の血管と歯科口腔外科再建への応用

深下腹壁動脈を使った遊離腹直筋皮弁では、口腔がん切除後の再建でも体位変換なしに2チーム同時進行できます。


🔬 この記事の3ポイント
🩸
腹直筋皮弁の主要栄養血管

上腹壁動脈(内胸動脈系)と深下腹壁動脈(外腸骨動脈系)の2系統が走行。口腔外科再建では深下腹壁動脈を茎とする遊離皮弁が主流。

🦷
歯科口腔外科での適応と選択

舌・口底・顎骨の大欠損修復に適しており、大胸筋皮弁に比べて採取できる組織量が多く血管茎も太い。

⚠️
血管温存術式の選択で合併症が変わる

腹直筋を切除する古典的TRAMと、筋体温存(MS-TRAM)や穿通枝皮弁(DIEP)では腹壁ヘルニア発生率が大きく異なる。


腹直筋皮弁の血管解剖:2系統の栄養血管を理解する

腹直筋(rectus abdominis muscle)には、上方と下方の2つの主要な血管系統が走行しています。上方からは内胸動静脈の続きである上腹壁動静脈(superior epigastric artery and vein)が栄養し、下方からは外腸骨動静脈の枝である深下腹壁動静脈(inferior epigastric artery and vein)が栄養しています 。 webview.isho(https://webview.isho.jp/journal/detail/abs/10.11477/mf.1411901972)


つまり、腹直筋は2本の幹線が上下から栄養するという構造です。


上腹壁動脈を茎とする「上腹直筋皮弁」は有茎皮弁として使えますが、血管茎の長さが不足するため頭頸部の組織欠損部には届きません。また上腹壁動脈は深下腹壁動脈に比べて径が細く、遊離筋皮弁としても適当でないとされています 。頭頸部・口腔外科領域での再建には、深下腹壁動脈を主血管とする設計が標準です。 webview.isho(https://webview.isho.jp/journal/detail/abs/10.11477/mf.1411901972)


深下腹壁動脈は解剖学的に走行が安定しており、血管茎が太くて長いのが特徴です。血管吻合のための十分な長さと径が確保でき、口腔癌切除後の再建例でも良好な成績が報告されています 。 cir.nii.ac(https://cir.nii.ac.jp/crid/1390282681504422528)


腹直筋皮弁の血管茎と穿通枝:MS-TRAMとDIEPの違い

古典的な腹直筋皮弁(TRAM flap)では腹直筋を一部または全体ごと採取します。これに対し、近年は血管の走行に着目した低侵襲術式が普及しています。意外ですね。


深下腹壁動脈から腹直筋を貫いて皮膚に到達する細い分枝を「穿通枝(perforator)」といいます。この穿通枝を顕微鏡下で丁寧に剥離することで、筋肉を温存したまま皮弁を採取することが可能になります 。術式は大きく以下の3段階に分けられます。 ameblo(https://ameblo.jp/shimarisuusagi2/entry-12940806103.html)


- 古典的TRAM flap:腹直筋の大部分を含めて採取。血流は比較的安定するが腹壁機能が低下
- 筋体温存腹直筋皮弁(MS-TRAM flap):腹直筋の一部を残す。腹壁ヘルニアリスクを軽減
- 深下腹壁動脈穿通枝皮弁(DIEP flap):腹直筋を全く採取しない。筋肉・神経の犠牲がほぼゼロ iwakuni.hosp.go(https://iwakuni.hosp.go.jp/files/000187200.pdf)


穿通枝の直径は約0.5mm前後と極めて細く 、剥離には高度な顕微鏡手術技術が必要です。ただし、筋体を犠牲にしなくても同程度の皮弁面積が生着することが1985年頃から報告されており、現在では多くの施設でDIEP flapが標準となっています 。 jmedj.co(https://www.jmedj.co.jp/journal/paper/detail.php?id=4287)


術前のCT血管解析で穿通枝の走行・本数・位置を描出することが安全な再建に直結します 。術中に穿通枝を見誤るリスクを事前評価で最小化することが原則です。 innervision.co(https://www.innervision.co.jp/sp/ad/suite/aze/jisedai/162)


腹直筋皮弁の血管茎を活かした口腔がん再建の実際

歯科口腔外科領域では、舌癌口底癌・下顎骨悪性腫瘍の切除後に大きな組織欠損が生じます。これを修復するために遊離腹直筋皮弁が選択される場面は少なくありません。


血管茎が太くて長いということは何を意味するでしょうか?


深下腹壁動静脈を栄養血管として用いた遊離腹直筋皮弁の最大の利点の一つが、患者を仰臥位のまま腫瘍切除チームと皮弁挙上チームが同時進行できる点です 。これにより手術時間の大幅な短縮が期待できます。以前は筋皮弁の手術に8時間を要していたケースでも、適切な術式選択と同時進行によって手術時間を大きく縮減できる時代になっています 。 cir.nii.ac(https://cir.nii.ac.jp/crid/1390001204208213504)


口腔領域の再建では受容血管として顎顔面動脈上甲状腺動脈、顔面動脈などが使われます。受容血管の選定は術前に画像で確認し、腫瘍切除の範囲・放射線照射歴・血管の状態に応じて決定することが基本です。


大欠損の修復、特に口腔内と顔面頸部皮膚の両方を再建する必要があるような複合欠損においては、大きな皮弁が採取でき血管茎も安定している腹直筋皮弁が「最も適した再建法の一つ」と評価されています 。 cir.nii.ac(https://cir.nii.ac.jp/crid/1390001204208213504)


腹直筋皮弁の血管温存術式が術後腹壁機能に与える影響

歯科医従事者が腹直筋皮弁を理解するうえで見落とされがちなのが、採取部(ドナーサイト)の合併症リスクです。これは知らないと損する情報です。


古典的なTRAM flapでは腹直筋を大きく採取するため、術後に腹壁ヘルニアが生じるリスクがあります。これに対し、筋体温存型(MS-TRAM)やDIEP flapでは腹壁の機能が保たれやすく、ヘルニアのリスクが低く抑えられます 。 ameblo(https://ameblo.jp/shimarisuusagi2/entry-12940806103.html)


具体的には以下のような違いがあります。


| 術式 | 腹直筋の採取量 | 腹壁機能への影響 | 技術難易度 |
|---|---|---|---|
| TRAM flap | 多い(全体〜大部分) | 低下しやすい | 中程度 |
| MS-TRAM flap | 一部 | 比較的保たれる | やや高い |
| DIEP flap | なし(穿通枝のみ) | ほぼ保たれる | 高い(要顕微鏡技術) |


腹壁機能の温存は患者のQOL(生活の質)に直結します。術後の体幹機能・起き上がり動作・咳嗽など、日常生活に影響します。


また、術後の回復期間にも差があります。筋肉を採取する術式では術後のリハビリ期間が長くなる傾向があり、患者への説明・インフォームドコンセントにおいても血管温存のアプローチを含めた選択肢を提示することが重要です 。 ameblo(https://ameblo.jp/shimarisuusagi2/entry-12940806103.html)


腹直筋皮弁の血管設計を支えるCT術前評価と歯科連携の視点

腹直筋皮弁を安全に施行するうえで、術前の血管評価は欠かせないステップです。特に穿通枝皮弁(DIEP flap)では、穿通枝の本数・位置・走行を事前に把握することが手術の成否に直結します。


術前CT血管解析を用いることで、下腹壁動脈穿通枝の描出が可能です 。画像上に描出されたすべての穿通枝を同定することで、術中の取り違えリスクを大きく下げることができます。これは安全な再建のための必須ステップです。 innervision.co(https://www.innervision.co.jp/sp/ad/suite/aze/jisedai/162)


歯科口腔外科の立場からは、口腔がん患者の術前評価において以下の点を形成外科・頭頸部外科チームと共有することが望まれます。


- 口腔内欠損の範囲と深さの把握(舌・口底・顎骨の切除予定領域)
- 受容血管として利用可能な顔面頸部血管の情報
- 放射線照射の既往・照射野の確認(血管吻合の成功率に影響)
- 患者全身状態(糖尿病・喫煙・動脈硬化などの血流リスク因子)


口腔がん再建は外科チームだけで完結するものではありません。歯科・口腔外科・形成外科・放射線科など多職種の連携があって初めて良好な結果が生まれます。血管解剖の基本を押さえた歯科医従事者の参加が、チーム医療の質を底上げします。


参考リンク(腹直筋皮弁の血管解剖と口腔外科再建の基本を学べる文献・サイト)。


腹直筋皮弁の血管茎の選択(上腹壁動脈vs深下腹壁動脈)の根拠と頭頸部再建への応用解説。
腹直筋皮弁(耳鼻咽喉科・頭頸部外科 71巻5号)- 医書.jp


遊離腹直筋皮弁による口腔顔面欠損の再建の実際と2症例の術後経過(CiNii)。


穿通枝皮弁(DIEP flap含む)を用いた低侵襲再建術の解説と手術時間の比較。
穿通枝皮弁を用いた低侵襲再建術 - 日本医事新報社


乳房再建腹直筋穿通枝皮弁法におけるCT細血管解析を用いた下腹壁動脈穿通枝の術前評価方法。
CT細血管解析による穿通枝描出 - INNERVISION